2010年09月02日

NO.12

ある日
いつも通り楽しくもない学校から帰ってきた時の事!

私は相変わらず胃が痛くて母と顔も合わせたくない時だった

ふとお風呂に入ろうとしていた母の体を見た時。。。衝撃がまた走ったのだ。。


母の体がアザだらけ。。。


さすがにびっくりした私は

「どうしたの?アザだらけじゃない???」と聞くと

「まだ仕事が慣れなくて重いダンボールを持ったりするから
体がこんな風になっちゃったんだよ。。。」と辛そうな母の言葉に


私はまた言葉を失った。。。

母子家庭の家には私を学校行かせる為
成長させる為
母も食べていく為にがんばっていた事にも気が付かされたのだ!


(全身のようにたくさんのアザが出来ていた母にとっては
家が癒しの場所でもあってストレス発散の場所でもあるのだろう。。。)

そう感じた私にはかなりの罪悪感も出てきてしまったのだ。。。


(この学校に通わせてくれているのも母のおかげなんだよなぁ。。。。
こんなに深い色のアザをたくさん作ってまでがんばっているなんて。。。)


ある意味心の支えとして男性のパートナーがほしいのかもしれない。。。
でも絶対に結婚だけはしない!
私の事も大切にしてくれる人を選んでると思う母に対して
見る目がすごく変わってきたのだ。。。


周囲の人から見たら母はおばあちゃんでもおかしくない!

遅くに生まれた私にとって周囲の人の目も冷たかった!


「ラブちゃんのお母さんって本当はおばあちゃんでラブちゃんは孫なんでしょう?」

と冗談っぽく笑いながら言って来る人、誰に対しても私は反抗していた!
いい年齢だからってバカにしているみたいで腹がたったのだ!


「じゃあ!母の年齢になってまで子育てできるのかよ!
本当の母なのにバカにしてんじゃねぇ〜よ!
たった一人の身内の文句を言うな!」


と、中学生ながらもあちこち言われる度に私は我慢が出来なかったのだ!

確かに「しつけ」はすごかった!
それは相変わらずで厳しい所も多すぎる!

でもあんなにアザを作ってまでがんばっている母を見て見ぬフリができなかったのだ!

NO.12
終わり

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2010年09月01日

NO.11

そういう事がある毎日で
思春期の私には「反抗期」というものまで出てきてしまったのだ!

母の包丁の脅かしに対しても、だんだんと反抗するようになってきた

「そんなに殺したかったら殺せばいいだろう!!」

という私に対して

「なんだとう!?」

という母はまた包丁を持っては振り回してくるのだ!

そんな私はそのうち毎日タンスに頭をぶつけるようになったのだ!
毎日毎日タンスに思いっきり何回も頭をぶつけては。。。

時には気絶をしていた時もあった。。。

そんな私を見ても母は無視!


いつの時かいつもの喧嘩がまた始まった時の事だった。。。母は。。。


「こんな奴産まなきゃ良かった!!途中で殺しちゃえば良かった!
こんな奴。。。死んじゃえば良かったんだ!」


私(。。。。。。。。。。)


衝撃的な言葉だった。。。

そんな事を私が言われるとは思ってもいなかったのだ。。。


歯の時だって靴の時だって全部怒られると思って我慢をして謝って
小学生の時みんなかわいくおしゃれしても
私は2着決められた洋服だけを着て、みんなが羨ましくても我慢をして
それでも母に甘えたり言う事を聞いていたつもりだったのに。。。

そこまで言われるなんて。。。


いつの間にかすごく胃が痛くなってきて。。

学校ではベランダで泣いていた事もたくさんあった。。。

苦しくて
「早く大人になりたい」
それだけを毎日願っていた!思っていた。。。


NO.11
終わり


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2010年08月30日

NO.10

学校生活にも慣れてきた頃の事!

小学生の頃に目立っていたらしい私は先輩から呼び出されるようになった

「ラブ!ちょっと来てくれない?」と言ってくる先輩に。。


(え。。。?私?)と思い先輩の所へ向かう私に


「ラブってむかつくんだよね!おまえ目立つんだよ!」

みたいな事を2年生の数人の先輩に囲まれて言われた

私は意味もわからず

「。。。すいませんでした。。。」と謝って一礼をした


これがシメの始まりだったのを私は知らなかった。。。



(なんで?私は本当に普通にしているのに。。。)



それからいろいろな先輩ににらまれる様になったきた

3年生の先輩は優しい人が多かったけど
2年生の先輩はきつかった。。。

特に部活で優しいと思っていたクラリネットの2年生の先輩が
急変してきつくなったのだ!

私達1年生はグループ全員で部活に入っていた為なのかわからないけど
シメが多くなったし、いつの間にか

「お金をもってこい!」と、かつあげされるようになったのだ!
時にはなぜか往復ビンタ!

時には私達の教室にまできて。。


「おいっ!おまえら!明日までに金もってこいよ!」

と言われ、持って行ったら持って行ったで


「おいっ!おまえら!今日放課後待ってろ!」と言われ

一緒に帰ってる途中でなぜか

往復ビンタ50回くらいされるようになって
しかも手加減なし。。。!


それから学校でも家でも楽しくなくなってしまい
唯一楽しかった学校がなぜか嫌になってきたのだ!


(でも学校に行かないといけないから。。。)


毎日のようにそういう繰り返しだった事に
はっきり言ってだんだんむかつくって思いが出てきて
本当に気分が悪くなってきた


(人がおとなしくしてれば先輩は何してもいいのかよ!)

そんな気持ちを持つようになってきたのだ!


そんな中相変わらず家でも「しつけ」が厳しくて
相変わらずの包丁で毎日のように脅される始末!


私の息抜きが本当にどこにもなくなってきたのだ。。


それでも毎日笑っている自分に今思うとすごかったと思う。。。
それでも毎日元気にしていた自分にも
今思うと考えられない行動だったと思った。。。


NO.10
終わり












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2010年08月26日

NO.9

新しい子と友達になるのも新鮮さもあって楽しい!!
気がついたらいつの間にかグループができていた

先輩達に一礼するのも制服も慣れてき始めてきた頃、
今度は毎日授業が終わった後に強制的に入らなくてはいけない

「部活」というものがあった

私の行ってた学校には陸上部がなく
音楽が小さい頃から好きだったのもあってすぐ

「吹奏楽部」というのに入った

たくさんの楽器で演奏する綺麗な音色に思わず惹かれていってしまったのだ!

何の楽器を決めるか毎日いろいろと体験があって、
私は小学生の頃、鼓笛隊に推薦され太鼓を叩いていたから
すぐパーカッションを希望した!!
毎日毎日パーカッションばかり!他の楽器の体験は何もしないくらい!
という程ドラムを叩きたかったのだ!

いざ楽器決めの時!

第一候補(もちろんパーカッション)第二候補(優しい先輩がいたのでクラリネット)
第三候補(よくわからなくてトランペット)と希望を出した!

そうしたらなんとあれだけ毎日体験をしていたのに
第三候補のトランペットになってしまったのだ。。。

その時はかなりショックだった!
よくわからないまま書いてしまった管楽器のトランペットだったし
私が体験をしていたのは打楽器のドラム。。

しかもすごくすごくにらみつける先輩が怖くて怖くて、
1年生の私から見たら3年生の先輩はすごく大人に見えて
今まで鬼ごっこをしていた頃の自分とはぜんぜん違う雰囲気があって違和感を感じた

でもトランペットに所属されてからトランペットに触るのが楽しくなった
すごく小さい先の丸い「マウスピース」というのを口にあてて
唇をすごく細めて震えさせる!
というのに悪戦苦闘の毎日だった!
基本というのが難しくて、先輩にはイヤミを言われるし

(なんだか部活って大変なんだなぁ。。)としみじみ感じた毎日だった

でもその頃はまだいろいろな事に興味を持つ年頃!でもあって
いろいろな事に新鮮さと経験をしたいという思いがある時が
一番の思春期と青春なのかなぁ?と今となってはすごくかわいい頃だったなぁと思う。。。

まだ一学期!

まだういういしい自分が残っていたのを
今となっては羨ましく思える私がいた。。。

NO.9
終わり



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2010年08月25日

NO.8

入学式は先輩達のいない時に
1年生だけで親と一緒に体育館で行われた

もちろん私は母親にきてもらって

「ラブ!もう中学生なんだからしっかりやるんだぞ!」

みたいな言葉を言われた覚えがある。。

私は
(うん。。。!?????)と思いながらも

「はい!」と答え

いろいろな先生方の紹介やクラス紹介、
もちろん他校から来た知らない子もたくさんいて
ちょっとドキドキした入学式だった!!


次の日から新学期が始まった。。。

仲のいい友達と一緒に通う時、すごく緊張したのは。。。


「先輩に一礼」というのだった!!


(どうやるんだろう。。。?)



その時!

先輩が私たちの前にこっちを見ながら歩いていたから、
だから私たちは(ぺこっ)と一礼をしたら、先輩はそのまま無視!

(なんだよこれ。。。先輩ってこんなに怖いの?そんなにえらいの?)

と、ちょっと疑問や不信感を抱いた気分だった!


(この学校ってちょっとおかしくない?)と

私以外にもみんな思っていたのを新しい教室で友達と話していたのも覚えている。。


本当だったら「新しい教室」で友達もあまり知らない子が多いんだから
ワクワクしたりするものだと思っていたのに。。。


小学生の頃に経験をしなかった「上下関係」というのを知ることになる。。


これからますます体験する「上下関係」で。。私は

とても嫌な体験をしていくことになる。。。

そしてその事がきっかけで小さい頃からの母にされていた

「しつけ」もひどくなっていく事になるとは思ってもいなかった。。

NO.8
終わり

ちょっとだけPR
私が書いた文章ではないですが、ちょっと参考までに記載しました。
よろしかったらお読ください

毎日仕事と家の往復ばかりだとストレスも溜まってくるってことで、何か趣味的なものを増やしたいなって思った今日この頃。

基本的にはショッピングが一番の趣味なんだけど、流行ファッションスタイルを追いかけ始めると
結構お金がかかるし、そう毎度毎度新しいファッションをコーディネイトしてる余裕も無いしね。

まあ、小物とネイルファッションにアクセントをつける
くらいだったらいいかもしれないけど、小物買ったら今度はやっぱり服とか欲しくなっちゃうからなー。

人気の腕時計も高いし。

そりゃあ、今は子供服にもマタニティファッションにも
ブランドがあるくらいだから、私が買うようなブランド品なんて高くて当たり前か。

和服ファッションなんてさらに高いし。

あ、でも浴衣に似合う小物とかは今年用のを買いたいなー。

結局、物欲はなかなかとめられないのか。



生活雑貨とかで部屋を飾ったりするのもいいかな。

家の中をおしゃれに飾って快適生活になればストレスも解消されそうだし。

ペットと暮らすのもいいかなー。

でも、そうすると引越しが必要になっちゃうのか。

それはちょっと金銭的にだめか。

そういえば、扇風機の最新家電欲しいなぁ。

あの羽の無いやつ。

人気の家電だろうから売れてるんだろうな。

まあ、それはいっか。



あとは、健康にもよさそうなことがいいんだけど、健康対策を趣味にするて言うのもなんかちょっと年寄りくさいかな。

でも、目指せ健康を考えるんなら早くて悪いってことは無いよね。

運動以外で考えると、サプリメントで健康管理を手軽に実践するのが手っ取り早いかな。

さらに、手軽な健康茶で免疫力アップとか健康茶を使った健康法なんかを
実践すれば家でも健康を目指せるはず。

でも、身近に潜む健康への障害はなんと言っても運動不足か。

健康への悩みを解決したいって思っても、こればっかりはなかなかうまいこといかないんだなぁ。

健康へのアプローチとしては最高の手段なんだけど、やっぱり自分のやる気の問題か。

多少なりとも軽い運動でも毎日続けることをしないとね。

様々な病気になったときには遅いわけだし、
薬剤の副作用なんかも意外と怖いしね。

健康は日々の生活改善からだし、健康とストレス解消は自分で何とかしないとね。

まあ、恋でもすれば元気になるんだろうけど、恋愛の理想と現実
悩める恋愛になっちゃうと、余計ストレスになるんだけど。



仕事を趣味にしてさらに勉強するのもいいかな。

自分のスキルアップにもなるだろうし。

ビジネスマンの知識とか役立つビジネスマンの情報なんかを勉強すれば
重要なビジネス用語にも詳しくなって
自分の働き方のビジネスモデルも変わって、
儲かるビジネスに参加できるかもしれないじゃない。

まあ、そうは言ってもやっぱり自分のビジネス力アップが最優先なわけだけど。

ビジネスマンの「やってみたい」は実績が無いとなかなか通らないからね。

経営とか、資産運用とかって一度はやってみたいじゃない。


posted by ラブ at 04:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 素直な気持ちNO.1〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

NO.7

さぁ〜て!

どきどきワクワク緊張もするけど新しい道へと進む学校!中学生になった!
私はもちろん地元の市立の学校に通うことになった!

新しく「制服」という洋服が決まっていてかばんもかっこいい!
しかもセーラー服!紺にエンジ色のスカーフ!
かわいくてかっこよくて先輩達の着てる姿がなんとも言えないくらい素敵で
私も先輩達の仲間入りができるんだと思ったらドキドキな気持ちにもなった
新しい制服を着てはルンルン気分にもなって鏡ばかり見ては楽しい気持ちにもなった!!

ただ1つ言える残念な所は。。


「市でも有名な不良学校」と呼ばれたいる事。。


なぜか学校内でも外でも誰にでも「先輩」とすれ違う時は一礼。。。
制服の上からスカートまでの丈も決められていて
スカーフの長さも靴下の長さも決められていて
それで校内で着るジャージと呼ばれていた洋服のズボンの長さ。。
冬は寒いから制服の上にはおるコートを買っているのに着用禁止されていて
そのコートの件は他校でも問題になっていたらしく
テレビでも新聞でも取り上げられたくらい変な学校が多いと思った

それでも通わないわけには行かないから指示通りにして。。。


いざ!入学式!!!


これからがドキドキするいろいろな体験を経験する事になる。。。

NO.7
終わり


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このサイトでお小遣い稼ぎをしている方の自己紹介です!
コメントを読んで頂けて参考になると嬉しいです!
是非お時間がありましたら読んでみてください!

※注意※
私が書いた内容ではありませんのでご注意を!!!

毎日仕事と家の往復ばかりだとストレスも溜まってくるってことで、何か趣味的なものを増やしたいなって思った今日この頃。

基本的にはショッピングが一番の趣味なんだけど、流行ファッションスタイルを追いかけ始めると
結構お金がかかるし、そう毎度毎度新しいファッションをコーディネイトしてる余裕も無いしね。

まあ、小物とネイルファッションにアクセントをつける
くらいだったらいいかもしれないけど、小物買ったら今度はやっぱり服とか欲しくなっちゃうからなー。

人気の腕時計も高いし。

そりゃあ、今は子供服にもマタニティファッションにも
ブランドがあるくらいだから、私が買うようなブランド品なんて高くて当たり前か。

和服ファッションなんてさらに高いし。

あ、でも浴衣に似合う小物とかは今年用のを買いたいなー。

結局、物欲はなかなかとめられないのか。



生活雑貨とかで部屋を飾ったりするのもいいかな。

家の中をおしゃれに飾って快適生活になればストレスも解消されそうだし。

ペットと暮らすのもいいかなー。

でも、そうすると引越しが必要になっちゃうのか。

それはちょっと金銭的にだめか。

そういえば、扇風機の最新家電欲しいなぁ。

あの羽の無いやつ。

人気の家電だろうから売れてるんだろうな。

まあ、それはいっか。



あとは、健康にもよさそうなことがいいんだけど、健康対策を趣味にするて言うのもなんかちょっと年寄りくさいかな。

でも、目指せ健康を考えるんなら早くて悪いってことは無いよね。

運動以外で考えると、サプリメントで健康管理を手軽に実践するのが手っ取り早いかな。

さらに、手軽な健康茶で免疫力アップとか健康茶を使った健康法なんかを
実践すれば家でも健康を目指せるはず。

でも、身近に潜む健康への障害はなんと言っても運動不足か。

健康への悩みを解決したいって思っても、こればっかりはなかなかうまいこといかないんだなぁ。

健康へのアプローチとしては最高の手段なんだけど、やっぱり自分のやる気の問題か。

多少なりとも軽い運動でも毎日続けることをしないとね。

様々な病気になったときには遅いわけだし、
薬剤の副作用なんかも意外と怖いしね。

健康は日々の生活改善からだし、健康とストレス解消は自分で何とかしないとね。

まあ、恋でもすれば元気になるんだろうけど、恋愛の理想と現実
悩める恋愛になっちゃうと、余計ストレスになるんだけど。



仕事を趣味にしてさらに勉強するのもいいかな。

自分のスキルアップにもなるだろうし。

ビジネスマンの知識とか役立つビジネスマンの情報なんかを勉強すれば
重要なビジネス用語にも詳しくなって
自分の働き方のビジネスモデルも変わって、
儲かるビジネスに参加できるかもしれないじゃない。

まあ、そうは言ってもやっぱり自分のビジネス力アップが最優先なわけだけど。

ビジネスマンの「やってみたい」は実績が無いとなかなか通らないからね。

経営とか、資産運用とかって一度はやってみたいじゃない。




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2010年08月23日

NO.6

年月が経ち
私はもう小学校6年生になった!
もう最後の小学生!

いつの間にかクラスではグループというのが作られていて
私は1つのグループの中心になって

「ラブちゃんグループ」と呼ばれていた!

毎日毎日学校が楽しくて、仲のいい友達もたくさんいて
いつも外では心から笑っていられた瞬間だったと思う

合言葉みたいなのは

「鬼ごっこす〜るも〜のよっといでぇ〜」と私が指を出すと。。。


(おっ。。折れる。。。!!!)

というくらい集まってきてくれては、仲間で毎日走っていてすごくすごく楽しかったり、クラブ活動では縄跳びクラブというのに入っていて、週に1回だけの授業で好きなクラブに入っては1年間徹底して勉強したり、参考になったり、遊び感覚だったりで、3学期に入ると各クラブの発表があるから、それぞれで学んだことを体育館や教室などで話したり、演技を見せたりして
「あ〜あ、あのクラブに入れば良かったなぁ〜」
などの声もよく聞こえてきては他人事のように笑っていたり、私自身も後悔したりなどたくさんあって、本当に毎日が新鮮なくらい楽しくて楽しくて夢中だった!

しかも小さい頃から走っていたせいか
その頃は短距離が得意で、50m走も女子の中では上位だったのも覚えているくらい、小学生最後の思い出は心から楽しい幸せを感じていたし

本当に楽しかった!!!!!


なんだかんだ言ってもその頃までが素直な自分だったのだと思った!



だけど。。。


成長する事につれて。。「現実」というのは待っていてはくれなかった。。「時間」は止まっていてはくれなかったのだ!!。。。



中学生になるのを控えていた自分に。。自分が。。

まさかここまで変わるとは思ってもいなかった事に
まだ自分はわかってはいなかった。。。。。


思春期の私に再び壁ばかりがこんなに来るとも思っていなかったのだ。。

NO.6
終わり

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2010年08月22日

NO.5

それから月日が経っても。。

母は男性へのお付き合いの変わりなさと私への暴力も変わりはなかった。。

誰かがいると何もせず。。
誰かがいないと「しつけ?」は日々ひどくなっていくばかり。。

言葉のきつさ、すぐ手を上げてくる所、蹴られたり
そして一番辛いのは。。

母を少しでも怒らせると包丁を。。
手にとっては私に突き刺すように向けてくるから。。

だから私は毎日のように土下座をしながら
100回くらいは連続して謝っていた。。それも
母にそうしろと教えられていたから。。

手をちゃんと重ねながら床に置いて
ちゃんと正座して。。

頭を床にぶつけるくらいの勢いでペコペコ。。

「ごめんなさい。。すいませんでした。。」の繰り返しだった事。。


それは。。

父が生きていた頃から裏ではいつもそうだった。。

いつも裏では何回包丁を向けられ。。

何回包丁で刺されそうになり。。

何回包丁を持って追い掛けまわされ。。

何回謝りながら床に頭を打っていた事だったか。。。。。。


今では考えられないくらいひどすぎだったと思う


だから怖くて靴の事すら言えなかったんだと思う。。

だから怖くて歯が生え変わるのを知らなくて抜けた時にまで
母には謝っていたんだと思う。。

「成長」という変化をしていく事ですら教えてもらえなかったし
知らなかったし

何でも笑っていないといけないものだと知らされていた。。教えられていたんだと思う。。


気がつけば。。

自然と笑えるようになるくらいに。。。

「笑顔がいいね!」とまで言われるくらいに。。。

笑っている。。毎日に

笑っている自分がいる事は。。笑えるようになれる自分がいる事は。。
小さい頃から頭の片隅のどこかに植えつけられてしまったのかもしれない。。

それは。。今でも笑い(それ)が出来るから。。

どんなに悲しくても。。辛くても。。壁にぶつかっていても
悩んでいても。。(それ)が出来るくらい強がるようになってしまったから。。

子供の頃から。。自分が持っている本当の「素直な気持ち」になって泣いた事はあったのだろうか。。

NO.5
終わり
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2010年08月21日

NO.4




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FOREVER 21 Japan




次の日は無事に納骨をして、お父さんがもういなくなる事がわかった
「死」というものが初めてちゃんとわかった瞬間だった
お骨で遊んでいた自分が悲しくなるくらいきれいな白いお骨だった

これから母と本当の二人。。
私は何がなんだかわからなくてさみしい気持ちばかりだった

夜寝てる時は母がさらわれて行く夢をたくさん見ては夜中に起きてしまい
母が横で寝てるのを毎日確認していた
「この家でたった家族は母だけなんだ。。。」
そればかり思っていた
毎日毎日母がいなくなる夢を見るのは辛かった。。本当に不安だったんだと思う

「1人ぽっちになったらどうしよう。。」
「早く大人になりたいな。。」
そればかり考えていた毎日でもあった

そんな母はさみしかったんだろう
毎日のように私の事を飲み屋に連れては男性とカラオケをしていたのを
私はちゃんと覚えている
あの頃は居酒屋とかあったのかわからないけど
いつも赤ちょうちんのあるお店に連れて行かされていた。。
私は何を飲んだのか何をしていたのか覚えていないけど。。

ある日に身長の高い男性が家にいてびっくりした事があった
それは。。もう彼氏を作っていたんだと思う
小さい子供の私には身長が高く見えて
なぜ男性がいるのかわからなかったし
もしかしてお父さん?!まで思ったくらいだった
そしたら顔が違っていた
はっきり言ってその時は怖かったし謎だった
「なんでお父さん以外の人がいるのだろうか。。?」
と不思議に思っていた。。それと
「もうお母さんはお父さんの事忘れちゃったの?」まで思っていた

男性がいる時だけ別の部屋に寝かされ
母はその男性と一緒にお風呂に入るからと言っては私を寝かせていた
夜中に案の定起きてしまい、その時はお風呂場が見えていた

その時だった。。
お風呂の電気がついていたから
「あ。。お風呂入っているんだろう」と思った私に怖い出来事が起こった
それはお風呂の電気が勢いよくついたり消えたりの連続で
急に最後は消えた事だった!
びっくりした私は怖くなって母にでかい声で叫んだ
「お母さん!お母さん」
そしたら母は起きてきて
「あれ?お風呂入ってなかったの?」
と聞いた私に母は
「もう夜中だぞ?寝てたんだよ」と言ってきた

今思うとそれは父からの怒りのラップ現象だったのかもしれないと思う
すごく怖かったから。。本当にピカピカ光ったり消えたりの連続を
今でもはっきり覚えているくらいだから
本当にそれがすごく怖かった。。

今思うと父は成仏できなかったのだろうか。。
今思うと父は泣いていたんだろう。。そう思った。。。
父が大好きだった私にとってはすごく辛い出来事だったのを覚えている。。

NO.4
終わり




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2010年08月20日

NO.3




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FOREVER 21 Japan




そんな想いから一番怖がっていた事が起きてしまったのだ

それは。。。父の危篤。。。

急遽親戚の家に私だけお泊り
幼い7歳の私にとっては危篤も何もよくわからず、ぬいぐるみと遊んでいた
次の日になっても母は来ない。。
嫌な予感だけはしていた

夕方の4時すぎに一本の電話がきた
ぬいぐるみと遊んでいた私の手は止まった
その時私は「死」というものを既に気付いていたのかもしれない
その電話だとわかっていたんだと思う
だけど「死」というのがどういうものかもわかっていなかったから
想像は出来なかった

親戚の人が
「お父さん死んじゃったよ!泣いてもいいよ!」
その一言を言われたけど泣けなかった
それはやっぱりわからなかったから。。。

その後すぐ車で家に送ってもらった時の瞬間だった!

あれは一生忘れないだろう。。。

白と黒のカーテンみたいな幕が家の中全部に覆われていて
父の顔の上に白い布みたいのがかぶさっていて
周りの人はみんな黒い服を着ていて
なぜかお線香で家の中が白く曇っていた事。。。

それを見た時に初めて本当の「死」というのを感じた時だった
「もうお父さん。。いなくなっちゃうの?」
「もうお父さん。。目を覚まさないの?」
「お父さんどこに行っちゃうの?」
その言葉ばかりいろいろな人に聞いては
その聞かれた人は悲しい瞳をしながら私を見ていたり
涙を流しながら何も答えられないままだった人も覚えている

初めてのお経、初めてのお線香
天国に昇るようにとお線香はずっと焚いていたのも記憶にある。。
その日は悲しみと不安のまま。。
そして明日はどうなってしまうのだろうか。。
これからどうなるのだろうか。。
謎のまま私は眠りについたのを覚えている。。

NO.3
終わり



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2010年08月19日

NO.2




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そっと私の頭に手を差し出していい子いい子してくれるようになった今の母。。
その度に私は昔を思い出す
それは。。。

気がついた時から母は父と毎日喧嘩ばかり
それで気がつけば毎日泣いていた私
それもこっそり泣いていないと母に暴力を受けられていたから。。。
顔でも頭でも耳でもどこでも殴る母だった
それを父は知っていたのか記憶にはない
気がつけば私が家にいる時間いつも喧嘩していた記憶がある
昼も夜も夜中も。。
家族3人で遊びに行った記憶は一回しかない
隣の駅のデパートだった
それくらい記憶にないくらいだった

でも毎日父は優しかった
父は仕事が終わるとアイスを買ってきてくれてたのを覚えている
それを私は喜んで食べていた
そのうち父が帰ってくるのが楽しみで
暗い田舎の町に住んでいた私達は
田んぼの影の中からぽっかりついた一つのライトが父のバイクのライトだった
それは新聞配達をしていた父だったから
その専用バイクで帰ってくる一つのライトを楽しみにしている子供だった。。
いつも。。毎日家から外を眺めて待っていた
その時の母はどんな気持ちだったのだろうか。。。


でも残念な事があった。。。
それはその記憶の一つのデパートに行った時の事だった
「お父さん!私もピアノがほしい!」
と言った私に父は
「いいよ」と言ったのが最後の言葉だったのかもしれない。。
次の日から父は家には帰ってこなくなった。。。
その頃は5歳くらいの私
不思議だったけど母が怖くて聞けなかった日々。。
でも勇気を出して一週間後くらいになって
「お父さんは?」
と聞いたら
「今病気なんだよ!病院にいるんだよ」と悲しいように答えてくれた

それは食道がん!

幼い私にはわからない病気だった

あの頃はなんでも怒られていたから
靴が小さくなってサイズの大きな靴がほしくても怒られると思っていた私は
靴がほしいとは言えず、かかとに傷が大きく出来てしまい
それに気付いた母がびっくりして、それはそれで怒られて
それで新しい靴を買ってきてくれるくらい怖かった

そういう母としばらく2人暮らし。。。

とても不安で怖くて恐怖だった

でも外ではわんぱくだった
毎日近所の子と鬼ごっこや自転車も最初から補助輪なし!で走っちゃうくらい
かけっこが大好きで毎日一番とっては楽しんでいた

それはなぜか

たぶん私の記憶にない前から、それなりの想いをしていたはずだと思うから
その「恐怖」というのが当たり前だったから。。。。
みんなの家がそうだと思っていたから。。。
だから単純に毎日外では元気な私だったのです

父はまだ治療中!

その間は母と一緒の毎日
門限はもちろん!思いっきり遊んで帰ってきてご機嫌な私は母に
「お母さ〜ん♪今日のご飯な〜に〜?」とニコニコして聞いたら
母は
「うるせぇ〜んだよ!なんでもいいだろ!黙ってろ!」
こういう言葉が帰ってきて怖かった記憶がある

それでも甘えたい私にとっては
「ねぇ〜お母さん♪今日ねぇ〜」とニコニコして甘えながら話したら

なんと!

「だからうるせぇ〜んだよ!」と言いながら包丁を思いっきりむけられた!

上から私の顔の目に向かって今にも刺されるんじゃないか!と思うくらいの勢いで
振りかざしてきた
思わず怯えてしゃがみこんだ私

それでも母は謝る所か
「あっちいってろ!」の邪魔扱い

気がつけば私はまた外を見ていた
星をよく見ていて小さい頃からよく星を見ては涙を流していた
心のどこかに父のあの一つのライトを待っていたんじゃないか!と思う
父を待ちながらこっそり泣いていたんだと思う。。。

NO.2
終わり



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NO.1

あなたは。。母親か父親に叩かれたり蹴られたりされた事ありますか?
逆に。。あなたは母親として父親として叩いたり蹴ってしまった事ありますか?

「しつけ」として「痛み」というのは知っておいた方がいいのかもしれません
でもその「しつけ」を超えている事はありませんか?

「愛情のあるしつけ」というのは一体なんなのでしょうか。。。
逆に「愛情のないしつけ」というのも一体なんなのでしょうか。。

それはもちろん私にもわかりません

出てしまう手の叩き。。思わずやってしまう蹴ってしまう事
思わずやってしまう殴る事。。

この世の中は。。。やっぱり「弱肉強食」なのでしょうか。。。。?

私はそう思っていました。。

申し遅れました
私は関東に住んでいる同棲している女です
まだ結婚もしていませんし子供もいません
そんな私がえらそうな日記を書いてしまうかもしれませんが
読んで頂けると嬉しいです
私は精神疾患で現在通院中です
通院してから10年。。それでも現在もまだ病気と闘っています

そんな私が体験してきた生い立ち・毎日の気持ちの変化を素直な気持ち(心)として
書いていきます
よろしくお願い致します!


「弱肉強食」

人間も。。動物なんですよね?
力が強ければ人間が強い!
力が弱ければ人間が弱い!

。。。そんな事はないのに。。。


人間は生まれた時から運命というのは決められているのでしょうか。。?
親は選べない!そう言いますけど、反対もあります
子供は選べない!そういうお母さんも多くありませんか?

「家族」。。私は怖いです
それで子供も今は産めないのです
薬を飲んでいるのもありますが
家族・夫婦というのが怖いのです
だから同棲だけしか今はいられないのです
それは彼氏にもご両親の方にも私の母にも承諾して頂きました
なので今はこのままで生活をしています
今が私にとってやっとの「幸せ」と思える瞬間なのかもしれません
本当に今の彼氏には助けて頂きました
どれだけめちゃくちゃだったのかも次に書きたいと思います

ただ。。一言言えるのは
私はずーっと「しつけ」が厳しい環境に生まれてしまった事です
それを今では「虐待」と言われていますが
それが「しつけ」とは思えなく気付いたのはテレビで「虐待」というのを
初めて見てから知るくらい能天気だった。。それだけです
そのままの方が良かったのでしょうか。。?
はっきり言って治療をしている現在と昔の気付かないままの生活と
どっちが良かったのでしょうか。。。。?

NO.1
終わり
posted by ラブ at 08:04| Comment(0) | 素直な気持ちNO.1〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
母と向き合う子供の心境、毎日の素直な気持ちに想いを込めて。。
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